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​政治家を目指す理由

私は、教育とまちづくりの仕事をしています。

なぜその仕事をしているかというと、10代の頃の不登校と引きこもりの経験がきっかけです。

普通の家庭で普通に育った私が、いつの日か落ち込んで生きるようになりました。

「自分は間違っている」と思い込んで、生きる価値を見出せずにいました。

自分のことを誰も知らない世界でもう一度やり直したいと思い、アメリカで勉強することを目標に大学進学をした19歳。英語を猛勉強し、給付奨学金でフロリダの大学とシアトルのNPOで学ぶ機会を得ました。アメリカで学びながら、自分の人生は自分で決める、誰の意見も間違っていないという多様性に出会った衝撃は今でも忘れません。

なぜ自分は、普通の子だったのに、あんなに落ち込んで生きてしまっていたのか。

もしかしたら「自分が悪い」のではなく、「教育環境に課題があるのでは」と発想の転換がありました。

教育の仕事をするために、日系企業のベトナム支部でキャリアがスタート。

現地のベトナム人や、イギリス人の同僚、グローバルなキャリアを歩むボスと仕事をする中で気づいたのは、

「日本の教育」への課題感。

 

日本独特な社会、教育のあり方に異国の地で気づいた時、「日本の教育でなにかしないと」という気持ちで地元愛知に帰ってきました。

そこで出会ったのが、岡崎市のNPO法人コラボキャンパス三河。

小学生から若手社会人までの産官学連携を通した教育目的の場づくりを行いながら、どっぶり地域につかって、様々なプロジェクトを形にしてきました。

 

課題は教育だけじゃない
 
まちは一つの生態系で、循環しているコミュニティだと気づいたとき、教育現場以外にも、産業や行政の役割を学ぶ必要があると思いました。岡崎青年会議所で中小企業の経営者の皆さんとともにまちづくりに奔走し、行政の委託事業を通してどんな税金の使い方がされているのかを実践を通して学びました。

目の前の若者たちが好奇心を絶やさず成長し、彼らが社会に出て活躍できるような社会を実現するために私はなにができるのかを考えたとき、まちの仕組みそのものをつくっていく必要があると気づきました。

 

時代にあった方針やルール、仕組みを提案しまちの運営に反映するためには「政治」の力が必要不可欠です。

日本の市議会議員の平均年齢は約60歳。

世界では30代の一般家庭で生まれた女性が総理大臣を勤めているにも関わらず、政治という意思決定機関は高齢男性で溢れ、日本での女性議員の割合は先進国の中でも最低水準です。

 

これからもITの技術発展によるグローバル化は加速し続け、世界は近代社会で類まれなスピード感で発展しています。

この変化に対応し、次世代を創造していく若い人材が社会には必要ではないでしょうか。

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\岡崎の若者応援隊長/

大学生 青砥祐太

 僕は青砥祐太、愛知県岡崎市に生まれて22年間この町で暮らしている。

大学生になるまでこのまちのことをどうも好きになれないでいた。坂が多い、駅は古びて錆びついているし、無駄に広くて、自転車もしくは車がないと生活がしづらい。そして、若者の遊び場名古屋へも電車で30分はかかるし、他の地域の人に岡崎は何が有名か聞かれても、「八丁味噌と徳川家康の生誕地」。

この二つしか言えるものなんてなかった

そんな思いを漠然と抱きながら迎えた大学生活。大学生になって、僕は初めて岡崎市を離れて、名古屋にある大学に通うことになった。そして、大学生になってボランティアを始め他ことで、西尾や瀬戸など岡崎以外の地域で活動したり、訪れたりする機会が増えた。そんな中で、無意識的に岡崎と比べていたのかもしれないと今振り返ると思う。

だけど、そんな地元を好きになれなかった僕がある出来事によって大きく見方が変わるきっかけが訪れる。それは、瀬戸市にあるとあるカフェで岡崎市で栽培されている水出しわ紅茶に大学2年生の夏に出会ったこと。

なぜこんなところに岡崎のお茶があるんだろう。好きになれなかった岡崎に対してそんな気持ちを抱いていた自分にびっくりした。そして、飲んでみたいという衝動に駆られて、注文していた。口当たりがよく、とっても飲みやすかったことを今でも覚えている。そして、その瞬間にこれを作っている人に会いたいと素直に感じた。

でも、この時はそんなこと自分にできるのだろうか。いや無理だろうなと思い、この感情に自ら蓋をしていた。

 

そして、時は流れて大学2年生の後期が始まった。そろそろ3年生だしインターンに行っておきたいなと思っていた頃、中長期インターンの紹介イベントに訪れた際に、「青砥くんは長期のインターンにいく前に、働くとは何かを知った方がいいと思う!」と担当者の方からアドバイスをいただきました。それから、「地元の岡崎でインターンを紹介している知り合いがいるから紹介するよ!」と言われました。

この時にピンっときたものがあった。この時に、夏に蓋をしていた自分の感情に触れることができて「あ、瀬戸で知ったお茶屋さんに行ってみたい」と思った。その抑えられない気持ちを僕は紹介された岡崎にいる彼女にぶつけた。

そう、その彼女というのが三塩さん。僕のイメージは教育をやっているお姉さんではなく、インターンを紹介してくれるお姉さんっていうのが第一印象。

こんなひょんなことから、僕と三塩さんの関係性が始まった。

 

だけど、この町から来年の4月に離れる。岡崎で働くことも考えていたけれど、もっと他の町を知りたい、他の町から客観的に岡崎という自分の故郷を見てみたい。そんな思いから県外に出ることを決めた。

ただ、岡崎のことをもっと知った上で県外に出たい、岡崎の魅力を県外に出てからも周りの人に伝えていきたい

そこで、三塩さんに「私の右腕として、学生生活最後の締め括りとして岡崎で思い出作りを一緒にしてみない?」そんな誘いを受けて、楽しそうと思う反面、迷いや心配事もあった、むしろ後者の方が大きかった。

でも、僕はこう答えた。「やります!」

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